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福岡高等裁判所 昭和35年(ラ)48号 決定

抗告人 井上ミヤノ

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の理由とするところは別記のとおりである。

よつて以下順次判断を加えることにする。

一、抗告理由第一点について。

記録に徴すれば本件競売期日の公告中には抗告人所有の福岡市草ケ江町六十一番地の二、同番地の一所在家屋番号草ケ江町一六九番鉄筋コンクリートブロツク造陸屋根および木造瓦葺二階建浴場兼居宅一棟建坪六十六坪外二階十八坪について抗告人主張のような賃貸借ありとの記載がなされたことが認められ、また抗告人提出の家屋賃貸借契約証書四通と家賃帳写および居住証明書の各記載によれば右家屋については実際には抗告人主張のような賃貸借の存することが認められるので右公告には一部実際と符合しない記載があるといわなければならない。しかしながら競売期日の公告に賃貸借の期限ならびに借賃および借賃の前払または敷金の差入あるときはその額を掲載することを要するのはそれが抵当権者従つて競落人に対抗し得る賃貸借である場合このような賃貸借の有無が該物件の価額に差異を生ずるために、一般人をしてこれらの事実を予知せしめて競買申出をなすについてその価額の標準を与えようとするものにほかならない。従つて右公告の記載と賃貸借の実際との間に多少の差異が存したとしてもその主要な大部分の点において差異がないときにはこれを以つて右公告に賃貸借の記載がないものとすることはできない。

これを本件についてみるに右公告の記載によれば右家屋は三人の賃借人に対して合計約十二坪を一ケ月合計金一萬一千五百円の賃料で貸与されていることになるのに、実際には四人の賃借人に対して合計約十六坪を一ケ月合計金一萬三千円の賃料で貸与されているものである(もつともその他公告の記載には賃借人の名前や賃貸借の始期の誤記や一賃貸借について敷金二萬円の記載が脱漏している点がある。)が、特に本件は間借の形式で数個の賃貸借が存在しているものと認められるので、この事実と前記賃貸借の内容掲載の趣旨にかんがみればただちに抗告人主張のように右公告を賃貸借の記載を欠く無効のものとなすことはできない。

しかして本件においては債務者であり、かつ右家屋の所有者である抗告人は右公告の誤記によつてなんらの不利益を被る理由もないことを併せて考慮すれば、この点の抗告人の主張は単に本件競売手続の遷延を策するためのものと認めざるを得ず、とうてい採用することができない。

二、同第二点について。

本件抗告は抗告人が本件不動産中の土地の所有者である山本更の親権者としてなしたものでないことは本件抗告状の記載に徴して明らかなところ、そもそも競落許可の決定についての異議は自己の権利に基くことを要し、他の利害関係人の権利に関する理由に基くことを得ない(競売法第三十二条第二項、民事訴訟法第六百八十二条第三項、第六百七十三条参照)ものであるから、抗告人主張の更正決定が山本更の親権者父山本利雄に全然送達されなかつたことを理由とする抗告人の抗告理由はとうていこれを以つて適法な抗告理由となすことはできない。

三、同第三点について。

記録に徴すれば抗告人主張のように株式会社正金相互銀行が最高価額競買人となり、同銀行に本件不動産の競落許可決定がなされたことを認めることができるが、また本件競売手続は同銀行が抗告人に対する債権の回収を目的としてなされたものであることも明らかなところであるから同銀行の本件不動産の競落は自己の債権の回収を目的としてなされたもので、当然相互銀行法第二条第一項第三号の資金の貸付に付随する業務ということができる。従つて同銀行の競落の事実のみをとらえて相互銀行法上許されないとする抗告人の主張も採用の限りではない。

四、同第四点について。

抗告人が昭和三十三年九月三十日に夫山本利雄と離婚し婚姻前の井上の氏に復したことは抗告人提出の戸籍謄本によつて認められるところであるが、記録に徴するに抗告人は離婚後も離婚前の福岡市草ケ江町六十二番地に居住していたことおよび右離婚後も山本ミヤノ宛の不動産競売期日通知書等を受領してなんら異議のなかつたことが認められる。すなわち本件競売手続においては債務者兼本件不動産中の家屋の所有者山本ミヤノは抗告人であることについてなんらの疑義はないのであるから抗告人主張のような更正決定ないし再通告あるいは氏の訂正がないとしてもなんら競売法ないしは民事訴訟法に違反するものではない。従つてこの点についての抗告人の主張もとうてい採用の限りではない。

五、以上のとおりであるのみならず本件記録を精査するも他に本件競落を不許とする事由を発見することができない。

六、よつて本件抗告を理由がないものとして棄却すべきものとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 鹿島重夫 秦亘 山本茂)

抗告の理由

第一点

本件競売期日及競落期日公告には賃貸借契約について賃借人の氏名、賃料、敷金の定め等違つた記載を為し或は、他の賃貸借の記載をしなかつた不備がある。

本件競売は土地二筆建物一筆の一括競売である、建物については競売期日及競落期日公告によると、

(1)  階下六坪を田辺徳雄に昭和三十二年五月より賃料八千円、月末払、期間の定敷金なし

(2)  二階三坪を小林巌に昭和三十三年一月より賃料千五百円、月末払、期間の定敷金なし

(3)  二階三坪を中野秀満に昭和三十二年二月頃より賃料二千円、月末払、期間の定、敷金なし

の賃貸借ありと記載されておる

然し乍ら右記(1) については(階下六坪)(3) と共に中野秀満に対し昭和三十一年十二月十三日、賃料一ケ月一万円、月末払、期間の定なし、敷金二万円で賃貸借契約が存在し、

もちろん本件競売期日及競落期日公告に記載されている田辺徳雄とは何等の賃貸借契約関係は存在しない。

(2) については小林巌に対し昭和三十二年一月二十日(公告には昭和三十三年一月と記載されている)階上三坪を賃料一ケ月千五百円、月末払期間の定、敷金なし

の賃貸借契約が存在している

そして本件建物について階上十八坪の内居室五坪一室、三坪三室一坪一室を有するが(イ)、五坪の居室を抗告人が子供二人と実母と居住し、(ロ)、三坪を永島勝三郎に対し昭和三十二年五月十日より賃料一ケ月千五百円、月末払、期間の定、敷金なし、(ハ)、一坪を福島司郎に対し昭和三十二年四月三十日より、賃料一ケ月千円、月末払、期間の定、敷金なし

にて夫々(ロ)、(ハ)、については賃貸借契約が存在しておる。

本件競売及競落期日公告に賃貸借の存在について事実と違つた記載を為し、更には賃貸借の記載をしなかつた不備がある以上、本件競落は許すべきでないから、本件抗告に及びました。

第二点

本件記録によれば昭和三十三年六月十六日所有者山本更に対し親権者山本利雄、同山本ミヤノを定むる旨の更正決定が為されておる、しかるに右決定正本は親権者父山本利雄に全然送達してない、よつて本件不動産に対しては開始決定による差押の効力が生じておらないのに拘らず、本件競落を許すのは不当である。

第三点

本件記録中昭和三十五年二月十九日の競売期日の競売調書によれば、申立人たる株式会社正金相互銀行が競買人となり右は最高価競買人として昭和三十五年二月二十六日付競落許可決定が為されておる

しかるに相互銀行法によれば不動産の競買する権利がないのに拘らず相手方銀行は競買人として競落許可決定を与えたのは不当にしてその決定は当然に取消さるべき筋合である

第四点

本件の債務者兼所有者山本ミヤノは昭和三十三年九月三十日、夫山本利雄と離婚し井上姓に復籍しておる

はたして、しからば競売裁判所は(イ)、競売開始決定の更正決定を為し、その送達をしなければならない。(ロ)、又競売公告及競売期日の通知は債務者兼所有者井上ミヤノとして表示しその公告を為し、又その通知をしなければならない。(ハ)、又、執行吏が作成する競売調書上に於ても、債務者兼所有者井上ミヤノと表示せねばならない、

しかるに本件記録全体をみるに、(イ)の更正決定もなく(ロ)競売公告及競売通知にも山本ミヤノと表示し通知し(ハ)の執行吏の作成した競売調書にも山本ミヤノと記載されておる。

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